「昔の自分じゃない」と感じるとき
2026.09.27
前回は、
病気が治ることと、人が癒えることは、同じではないのかもしれない。
そんなお話を書きました。
今日は、その続きを少し。
病気やけがをしたあとに、
「昔の自分じゃないみたい」
と感じることについてです。
以前は、何でも自分でできた。
買い物にも行けた。
家のこともできた。
人の世話をする側だった。
ところが、体調を崩してから、
誰かに頼ることが増えた。
できないことも増えた。
そんなとき、
困るのは体だけではありません。
「自分は、こういう人だ」
と思っていた自分の姿まで、 揺らぐことがあります。
たとえば、
ずっと仕事を頑張ってきた人にとって、
仕事ができなくなることは、
収入だけの問題ではありません。
「働いている自分」
「誰かの役に立っている自分」
まで失ったように感じることがあります。
料理が好きだった人が、 台所に立てなくなった。
車でどこへでも行っていた人が、 運転をやめた。
家族を支えてきた人が、 家族に支えてもらうようになった。
一つ一つは、 生活の変化です。
でも、その奥では、
「私は誰なんだろう」
という問いが生まれることがあります。
医学や社会学には、
病気によって、 それまで続いていた人生の流れが途切れる。
そんな状態を考える言葉があります。
少し難しい言葉ですが、
「人生の物語が途中で切れたように感じる」
と考えると、 分かりやすいかもしれません。
昨日まで描いていた未来と、 今日の自分がつながらない。
だから、
「元に戻りたい」
と思う。
それは、とても自然なことだと思います。
ただ、
時間がたつ中で、
少し違う道が見えてくることもあります。
前と同じようにはできなくても、 別の方法ならできる。
今までとは違う役割でも、 誰かとつながることはできる。
助けてもらう側になったからこそ、 見えるものもある。
そうやって、
途切れたように感じていた人生に、
少しずつ、 新しい続きを書いていくことがあります。
私は、
「自分らしさ」は、ずっと同じ形でなくてもいい
のではないかと思っています。
20歳の自分と、 40歳の自分は違います。
60歳の自分と、 80歳の自分も違います。
病気をした前と後でも、 変わることがあります。
それでも、
どちらも自分です。
変わってしまったことを、 すぐに好きになる必要はありません。
無理に前向きになる必要もありません。
ただ、
「今の自分にも、まだ続きがある」
そう思える日が、 少しずつ増えていけばいいのだと思います。
今日、みなさんに聞いてみたいことがあります。
昔の自分と比べて、変わったなと思うことはありますか?
そして、
変わったからこそ、 新しく見つかったものはありますか?
